秋の熊野古道、滝尻から近露へ
10月下旬、熊野古道・中辺路ルートの滝尻王子から近露までを歩きました。
コース概要: 約13.3km|所要時間5〜7時間|難易度:中程度(序盤に急登あり)
近年は秋の訪れが遅く、この時期になってようやく木々が少しずつ色づき始めます。
この日は天気にも恵まれ、絶好のハイキング日和。澄んだ秋の空気を感じながら、心を弾ませて出発しました。
滝尻から近露までは約13.3km。熊野古道の歴史や自然に触れながら歩く、魅力あふれるコースです。
今回は、実際に歩いて感じたことや道中の見どころ、休憩・昼食におすすめの場所などをご紹介します。
なぜ熊野古道は滝尻から歩き始めるのか?
滝尻王子は、多くのハイカーが熊野古道・中辺路ルートを歩き始めるスタート地点です。
では、なぜ滝尻から歩き始める人が多いのでしょうか?その理由の一つは、熊野詣の歴史にあります。
平安時代後期から鎌倉時代にかけて、後白河上皇や後鳥羽上皇をはじめ、多くの上皇や貴族たちが京都から熊野を目指しました。滝尻は、熊野の神聖な領域への入口と考えられていた場所です。かつての参詣者たちは、ここから先を特別な場所として意識し、徒歩で険しい山道を進んだと伝えられています。
現在も、その歴史に思いを馳せながら滝尻から歩き始めるハイカーが多くいます。

滝尻から近露までの行程には、主に次の2つの歩き方があります。
- 1日で歩くコース: 滝尻王子から近露まで約13.3kmを歩く。
- 2日間で歩くコース: 1日目は滝尻王子から高原まで約4km、2日目は高原から近露まで約9.3kmを歩く。
前後の旅程や体力に合わせて選ぶことができます。
今回は、滝尻から近露までを1日で歩きました。
滝尻王子から始まる、いきなりの急登!
まずは滝尻王子にお参りし、旅の安全を祈ります。
森に入って最初に出迎えてくれたのは、大きな岩をまたぐように根を張る巨木。岩を抱え込むように力強く生きるその姿から、この森の生命力と長い歴史を感じます。


そして、歩き始めて間もなく、いきなり最大の難関が待ち受けています。
剣ノ山へと続く急登です。
約1.1kmの間に、およそ300mの標高差を登ります。中辺路ルートの中でも、特に急な上り坂の一つではないでしょうか。
歩き始めたばかりで、まだ身体も慣れていません。初っ端から体力を奪われます。
ここは無理をせず、ゆっくりと登りましょう!

胎内くぐりと乳岩に残る不思議な伝説
急な坂を登っていくと、「胎内くぐり」と呼ばれる岩穴が現れます。
この岩穴には、女性がくぐると安産に恵まれるという言い伝えがあります。私は男性ですが、何か別のご利益があるかもしれないと思い、せっかくなので挑戦してみました。岩穴自体は短いものの、出口が狭く、身体の大きな人には少々厳しいかもしれません。私も何とかくぐり抜けることができました。

さらに進むと現れるのが「乳岩」です。
ここには、平安時代末期の武将・藤原秀衡にまつわる不思議な伝説が残されています。

長い間、子どもに恵まれなかった秀衡が熊野権現に子宝を祈願したところ、願いがかない、妻が身ごもりました。そのお礼に夫婦で熊野詣に出かけたのですが、滝尻王子に到着した際、妻が突然産気づき、山中の岩屋で男の子を出産します。そのとき熊野権現から「子どもをここに残して参詣を続けなさい」というお告げがあったため、夫婦は赤ん坊を岩屋に残し、熊野本宮へ向かったと伝えられています。そして参詣を終えて戻ってくると、驚くべき光景が待っていました。なんと赤ん坊は狼に守られ、岩から滴り落ちる乳を飲み、元気に育っていたというのです。
この伝説から、その岩屋は「乳岩」と呼ばれるようになったといわれています。
それにしても、熊野権現様も「赤ん坊を残して参詣を続けなさい」とは、ずいぶん無茶なことをおっしゃいますね。そう言われたからといって、本当に赤ん坊を残していく藤原秀衡もどうかと思いますが……(^^;)
熊野古道には、このような不思議な物語が数多く残されています。昔の人々が何を信じ、どんな思いでこの道を歩いていたのか。そんなことを想像しながら歩くのも、熊野古道の楽しみの一つです。
この辺りの道には、樹木の根が地表に張り巡らされ、まるで自然の階段のようになっている場所もあります。つまずかないよう、足元に注意しながら進みます。
やがて剣ノ山の頂上を示す標識が見えてきました。
やったー、登頂!
急登を終えると、しばらくは比較的緩やかな道が続きます。ここでようやく息を整えることができました。


高原へ向かう森の道と、心癒される山並み
途中には展望ポイントがあり、紀伊山地の山並みを眺めることができます。幾重にも連なる山々の景色が、登りで疲れた身体を癒してくれます。
歩くペースもつかめてきました。
杉やヒノキが林立する森の中、頭上を覆う緑がまるで屋根のように広がっています。木々の間から差し込む光を感じながら歩く道は、とても気持ちがいいものです。

森の木から生まれる家具「岩見木工所」
高原熊野神社の少し手前に、「岩見木工所」があります。
ここには「Wood Working Gallery」という小さなギャラリーがあり、手作りの個性的な木工品が販売されています。
実は、私たちのゲストハウスで使っているテーブルなど、いくつかの家具はこちらで製作していただきました。
「この森で育った木を使った、世界に一つだけの家具でゲストを迎えたい」
そんな私たちの希望を叶えてくれた場所です。
お店の前には、ハイカーが自由に使える靴の修繕道具も用意されています。歩く人たちを思いやる、さりげない優しさ。こうした心遣いに触れると、何だか心が和やかになります。
ぜひ立ち寄ってみてください。



高原熊野神社|約500年の歴史を持つ社殿
そして、高原熊野神社に到着しました。
高原熊野神社の社殿は、室町時代に建てられたとされ、熊野参詣道沿いに現存する最古の神社建築として知られています。
こぢんまりとした社殿ですが、檜皮葺の屋根や朱色の意匠が美しく、長い歴史を感じさせます。
社殿のそばには、樹齢約1,000年といわれる巨大なクスノキがそびえています。長い年月、この土地と人々の営みを見守ってきた巨木。その堂々とした姿には圧倒されます。


高原霧の里休憩所|熊野の山々を一望する絶景
高原熊野神社から少し歩くと、このルートを代表する絶景スポットの一つ、「高原霧の里休憩所」に到着します。
ここからは、幾重にも連なる熊野の山々と、山あいに広がるのどかな集落を一望できます。天気が良ければ、遠くに果無山脈を望むこともできます。



この日はちょうど稲刈りを終えた時期。刈り取った稲を干す「はざかけ」が見られ、秋ならではの美しい田園風景が広がっていました。
休憩所では温かいコーヒーも販売されていました。この景色を眺めながら、大好きなコーヒーを飲む。
いいなぁ……。
また、この場所は「霧の里」とも呼ばれています。気象条件が整えば、眼下の谷間に霧が立ち込め、幻想的な雲海を見ることができます。晴れた日の雄大な山並みも素晴らしいですが、霧に包まれた景色もまた、熊野らしい魅力の一つです。
高原から近露へ|森の中を歩きながら感じたこと
ひと息ついたところで、再び歩き始めます。
ここから先は、大門王子、十丈王子、大坂本王子などを経由し、近露を目指します。
この区間は、ほとんどが森の中の道です。高原のように大きく景色が開ける場所は少なく、杉やヒノキが林立する森の中をひたすら歩きます。




このコースを歩くのは、もう何回目になるのでしょうか。
実は、最初の頃、この区間をあまり面白いとは思っていませんでした。それまでの登りで疲れていることもあり、景色の変化が少なく、ただ黙々と歩くだけ。
「何だか単調で、つまらないなぁ……」そんなふうに感じていました。
ところが、何度も歩くうちに、今ではこの区間こそ熊野古道らしい道の一つだと思うようになりました。
森を歩くことは、瞑想に似ているのかもしれない
この区間は比較的アップダウンが穏やかで、自分のペースで黙々と歩くことができます。
そうして歩いていると、いつの間にかいろいろなことを考え始めます。日常の出来事や仕事のこと、これからのこと。特に意識しているわけではありません。ただ歩いているうちに、自然と考え事をしているのです。
瞑想に近い感覚なのかもしれません。
以前の私は、そんな自分を少し残念に思っていました。「せっかく日常を忘れるためにハイキングに来たのに、ここまで来て、また日常のことを考えている。切り替えられないなぁ……」でも、今はそれでいいと思うようになりました。たとえ日常のことを考えていても、私は今、この森を歩いている。風の音や鳥たちの声、木々の間から差し込む光が、ふとそのことに気づかせてくれます。
考え事をしていても、いつの間にか目の前の自然に意識が戻ってくる。そんな時間を繰り返すうちに、少しずつ気持ちが穏やかになっていくように感じます。

1000年前の巡礼者たちも、この山々を歩いていた
道中に残る史跡や、長い年月を生きてきた木々を見ていると、ふと思うことがあります。
「1000年ほど前、この道を歩いた人たちは、何を考えながら歩いていたのだろう?」暮らしも価値観も、今とは大きく異なっていたことでしょう。それでも、同じ人間です。喜びや不安、悩みや願いを抱えながら、この道を歩いていたのかもしれません。
そして、こうした森の中を歩いていると、人間もまた自然の一部に過ぎないのだと感じることがあります。長い地球の歴史から見れば、自分一人の人生なんて、ほんの一瞬。壮大な自然の大きさや深さを前にすると、日頃抱えている悩みも、少し小さく感じられます。
そんなふうに考えると、不思議と気持ちが楽になるのです。

同じように見える森にも、それぞれの表情がある
そして今回、これまでとは少し違った楽しみ方ができました。
それは、森の景色そのものに関心を持ちながら歩くことです。
立ち並ぶ木々の姿。樹皮の色や模様。葉の緑の濃淡。木々の間から差し込む光と、それによって生まれる影。同じように見えていた森にも、場所ごとに異なる表情があります。また、季節や天気、時間帯によっても、その景色は変わります。これまで何度も歩いてきた道なのに、少し意識を向けるだけで、今まで気づかなかった美しさが見えてくるのです。
以前は単調だと感じていた道が、今では興味深い道になっていました。森の景色が変わったというより、自分の感じ方が変わったのかもしれません。
「ハイキングって、楽しいかも……」
そんなことを思いながら、森の中を歩いていました。




道の駅熊野古道なかへち|名物めはり寿司でひと休み
下り坂が多くなってくると、ゴールの近露が近づいてきたことを感じます。やがて車の走る音が聞こえ、国道沿いにある「道の駅熊野古道なかへち」に到着しました。
ちょうどお腹もすいてきたので、ここで昼食にします。
道の駅には売店やトイレがあり、ハイカーにとってありがたい休憩場所です。一般のドライバーも立ち寄る場所なので、静かな森から突然、日常の世界に引き戻されたような気分にもなりますが……。

ここでおすすめしたいのが、熊野地方の郷土料理「めはり寿司」です。
高菜の葉でご飯を包んだ、シンプルなお寿司。外側に巻かれた高菜漬けのシャキシャキとした食感と、ほどよい塩気や酸味。そこに、ご飯の素朴な旨味が合わさります。シンプルですが、何とも奥深い味わいです。
歩き疲れて、お腹がすいたこのタイミングで食べると、なおさら美味しく感じます。


牛馬童子から近露へ|旅の終わりに広がる里山の風景
お腹も満たされたところで、再び出発です。
近露はもうすぐ!道の駅から10分ほど歩くと、箸折峠に到着します。
ここには、熊野古道のシンボルとして知られる「牛馬童子」の石像があります。
牛と馬にまたがった姿をした、高さ約50cmほどの小さな石像です。実際に見ると、想像していたよりも小さく感じるかもしれません。
でも、そのかわいらしく穏やかな表情には、何ともいえない魅力があります。

そして、箸折峠を越えると、いよいよ近露の集落が眼下に広がります。
ずっと森の中を歩いてきただけに、目の前に開ける景色がとても新鮮です。太陽に照らされた集落と、その周囲を取り囲む山々。穏やかな里山の風景に、自然と気持ちが明るくなります。
きっと昔の参詣者たちも、同じような気持ちでこの景色を眺めたのではないでしょうか。
展望台の東屋でひと息入れ、今日の旅も終わりに近づいたことを実感します。



近露は、山々に囲まれた静かな集落です。集落の中を流れる日置川の景色も美しく、昔ながらの家並みや田園風景が今も残されています。どこか懐かしい、昭和の頃を思い出すような風景。そんな近露の景色を眺めながら、今回のハイキングを終えました。



滝尻王子から近露までのコース情報
今回の行程をまとめておきます。
| 項目 | 内容 |
| コース | 滝尻王子 → 高原 → 近露 |
| 距離 | 約13.3km |
| 一般的な所要時間 | 約5〜7時間 |
| 今回の出発時刻 | 午前7時30分 |
| 今回の到着時刻 | 午後12時30分 |
| 今回の所要時間 | 約5時間(休憩・昼食を含む) |
| 難易度 | 中程度(序盤に急登あり) |
※所要時間は体力や天候、休憩時間などによって異なります。初めて歩く方は、余裕のある計画をおすすめします。
昼食・休憩におすすめの場所
滝尻から近露までのコースは、森の中を歩く区間が長く、ゆっくり腰を下ろして昼食をとれる場所は限られています。出発時刻に合わせて、休憩場所を考えておくと安心です。
早朝に滝尻を出発する場合
① 上多和茶屋跡(滝尻から約9.2km)
かつて茶屋があった場所です。ベンチ代わりになる丸太が少しあります。

② 大坂本王子(滝尻から約11km)
近くに沢が流れ、腰掛けられる丸太がいくつかあります。
森の中で静かに休憩できる場所です。

③ 道の駅熊野古道なかへち(滝尻から約11.8km)
国道沿いにあり、売店やトイレを利用できます。
郷土料理のめはり寿司などを購入できることもあります。

④ 箸折峠から近露へ下る途中の展望台(滝尻から約12.8km)
東屋があり、近露の集落を眺めながら休憩できます。
ゴールまであと少しです。

午前10〜11時頃に滝尻を出発する場合
⑤ 高原霧の里休憩所(滝尻から約4km)
熊野の山並みを一望できる絶好のロケーションです。
景色を楽しみながら昼食をとるのにおすすめです。

※距離は目安です。売店の営業状況や飲食物の販売内容は日によって異なるため、昼食や行動食、飲み物は事前に準備しておくと安心です。
また、午前10〜11時の出発では、季節によって日没までの時間が限られます。特に秋から冬にかけては、日没時刻を確認し、余裕を持って行動してください。
おわりに|何度歩いても、新しい発見がある熊野古道
今回、滝尻から近露までの約13.3kmを歩き、改めて熊野古道の魅力を感じることができました。
歴史や伝説に思いを馳せながら歩く楽しさ。雄大な山々の景色。そして、静かな森の中で過ごす時間。何度も歩いている道ですが、そのたびに新しい発見があります。熊野古道の魅力は、絶景や歴史的な史跡だけではないのかもしれません。ただ森の中を歩き、自然の中に身を置く。そんな何気ない時間にも、熊野古道ならではの魅力があるように思います。
これから熊野古道を歩かれる皆さんにも、ぜひ自分なりの楽しみ方を見つけていただけたら嬉しいです。
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熊野古道中辺路ルートお勧めの宿泊先
🏡 Guesthouse COZY(近露)
滝尻王子から約13km。
熊野本宮大社までの中間地点にあり、翌日のロングコースにも余裕をもって出発できます。
3部屋だけの小さな宿だからこそ、夕食では世界中から集まったハイカーとの交流も旅の思い出になります。
・3部屋のみの小さな宿
・ハイカー同士が交流できる
・手作りの夕食・朝食・お弁当
・一人旅の方も歓迎



