近露には「近野神社」という神社があります。
先日、この神社の定期清掃に参加してきました。地域の人たちが長年大切に守り続けている神社です。秋祭りでは獅子舞が奉納され、人々はここで家族の健康や幸運を祈り、日々平穏に暮らせることへの感謝を捧げます。地域の方々にとって、心の拠り所のひとつとなっている場所です。ガイドブックなどで大きく紹介されることはありませんが、美しい景色とともに、この土地の歴史や文化、暮らしの営みを感じることができる私のお気に入りの場所でもあります。

標識もなく分かりにくい。

近野神社

狛犬
そんな神社で清掃をしていると、不思議と心が穏やかになります。
この日の参加者は10人足らず。ほとんどがご高齢の方々でした。
「昔はもっとたくさんの人が集まってね。清掃が終わったら、そのまま宴会が始まるんだよ」
皆さん懐かしそうに昔話を聞かせてくれました。この街の人たちは本当に祭りや宴会が大好きです。
古代、上皇による熊野御幸の際、近露は熊野本宮大社へ到着する前日の宿泊地だったそうです。そのため、しばしば前夜祭のような催しも行われていたとのこと。そんな歴史が今もこの土地の気風として受け継がれているのかもしれません。

清掃をしながら気になったことがありました。6月は暖かくなり雨も多くなるため、雑草との戦いの季節です。しかし神社の境内には驚くほど雑草が少ないのです。
「神様の力で境内が守られているのかな?」そんなことを思いながら尋ねてみると、
「除草剤まいとるからや」と、一言。
なるほど。神様よりも先に除草剤が頑張っていたようです。

一方で、皆さんは清掃に参加する人が減っていることを心配されていました。この地域でも過疎化や高齢化が進み、若い世代が少なくなっています。また、若い人たちの間では神社へお参りする習慣も以前ほど身近ではなくなっているようです。「この街には10ほどの神様をお迎えしているんだよ」そんな話も聞かせていただきました。熊野にはたくさんの神様がいます。自然は人間の思い通りにはなりません。時には災害という脅威をもたらし、時には豊かな恵みを与え、そして私たちを癒してくれます。この山深い熊野の森で暮らしていると、人間もまた自然の一部に過ぎないのだと感じることがよくあります。自然を慈しみ、自然を敬うこと。そして、その自然を司る神様を敬うこと。私には、その二つはどこか同じことのように思えます。清掃が終わり帰ろうとしたとき、「後釜はあんたらや。頼むで」と声をかけられました。その言葉には、この地域の文化や信仰を次の世代へつないでいきたいという願いが込められているように感じました。
さて、梅雨の熊野古道は一年の中でも特に生命力にあふれる季節です。
雨をたっぷり吸った木々や草花は勢いよく成長し、森全体が生き生きとした緑に包まれます。森の中を歩いていると、自然の力強い息吹を感じることができます。


そして、この季節を彩るのがアジサイです。
深い緑の中に咲く色鮮やかなアジサイは、梅雨の熊野古道ならではの美しい風景を見せてくれます。
雨の日だからこそ出会える景色を楽しみながら、ぜひこの季節の熊野古道も歩いてみてください。


